「 5月のお言葉 」
『いろは歌』
風薫る五月となりました。
華道高野山でも、この季節には杜若(かきつばた)の葉組をいけることがあります。
すっと伸びる青葉は、初夏のいのちの息吹を感じさせてくれます。
『伊勢物語』には、東国へ下る主人公が、「かきつばた」の五文字を句の頭に置いて詠んだ折句の歌が記されています。
『唐衣着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ』
か・からころも
き・きつつなれにし
つ・つましあれば
は・はるばるきぬる
た・たびをしぞ思ふ
慣れ親しんだ妻を都に残し、遠く旅をする心の寂しさが込められています。
美しい技巧の中に、人の情の深さが表されています。
同じように、日本語四十七文字を一度ずつのみ用いて作られた「いろは歌」も、深い教えを含んだ歌として伝えられてきました。
その作者は、弘法大師・空海さまともいわれています(諸説あります)。
いろはにほへと 色は匂へど
ちりぬるを 散りぬるを
わかよたれそ 我が世たれぞ
つねならむ 常ならむ
花は美しく咲き誇っていても、やがて散ってしまいます。
私たちの人生もまた、永遠ではありません。
「人生百年時代」といわれますが、それでも限りがあります。
この世に、同じ姿のまま在り続けるものはない。
これが仏教で説く「諸行無常」であります。
しかし、「いろは歌」は嘆きでは終わりません。
うゐのおくやま 有為の奥山
けふこえて 今日越えて
あさきゆめみし 浅き夢見じ
ゑひもせす 酔ひもせず
因縁によって移ろい続けるこの世を「有為の奥山」とたとえ、その山を一歩一歩、今日まで越えてきたのだ。
過去にとらわれて「ああすればよかった」と悔やんだり、未だ見ぬ未来を「不安で仕方ない」と心配ばかりせず「酔っぱらって、現実から逃げない」、命ある限り「今、この時」を精一杯生きていくことにこそ、覚りへと向かう道があると教えてくれます。
人には、それぞれの年代の花があります。
十代、二十代の花もあれば、九十歳、百歳の花もあります。
どうぞ、それぞれ「今」の自分の花を味わい深く、大切に咲かせてください。 合掌
