「 9月のお言葉 」
「これほど万人がきれいに忘れがちなこともまれである」 寺田寅彦『天災と国防』
豪雨や地震のニュースが相次いでいます。
被災された方々の姿を目にすれば胸が痛み、どうかご無事でと祈ります。
それでも遠い土地の出来事であれば、日々の暮らしに戻るうちに、いつしか遠いことになってしまいます。
東日本大震災の時、私たちはあれほど「決して他人事ではない」と思ったはずなのに、と自らを省みることがあります。
物理学者で随筆家の寺田寅彦は、昭和9年に発表した『天災と国防』の中で、
災害はいつか巡ってくるのだから、平穏な時にこそ十分な備えをしておくべきなのに、
「これほど万人がきれいに忘れがちなこともまれである」と記しています。
人は忘れます。
一方、弘法大師空海さまは『秘蔵宝鑰』の中で、人の心に「施心萌動」…施す心が萌え動く…ことを説かれています。
誰かの悲しみに触れた時、「何かできないだろうか」と心が動く。
それは、種が縁に遇って芽を出すようなものです。
忘れるのも人なら、縁に触れて再び心を動かすのもまた、人なのです。
9月1日は「防災の日」です。
百年以上前のこの日、関東大震災が起こりました。
その後も私たちは、地震、津波、台風、豪雨と、幾度となく自然の猛威に遭ってきました。
仏教では日々の勤行の最後に、
願以此功徳 普及於一切
我等与衆生 皆共成仏道 とお唱えします。
「願わくは、この功徳をあまねく一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」という回向の言葉です。
自分が唱えたお経の功徳さえ、自分一人のものとはせず、すべての命へと回してゆく。それが仏教の祈りです。
遠くの被災地を思って手を合わせる。募金をする。非常持出品を確かめる。家族と避難場所を話し合う。確かでない情報に惑わされないよう心掛ける。
どれも小さなことです。
しかし、その小さな行いが自分だけで終わらず、誰かの命を守り、誰かの安心につながってゆくならば、それもまた一つの回向ではないでしょうか。
人は忘れます。
忘れたなら、また思い出せばよい。
そして心が萌え動いたなら、できることを一つ行う。
その小さな功徳を、自分から誰かへ、また誰かへと回してゆく。
9月1日を、そのようなご縁の日にしたいと思います。
合掌
