「 12月のお言葉 」
『一たび鐘を打たむ声ごとに、
当に願わくば
衆生三界の苦を脱れて 菩提を得見せしむべし』
『性霊集』第九
早いもので、今年も師走を迎えました。
「師走」という言葉の語源の一つには、僧侶までもが年の瀬に向けて走り回るほど慌ただしい・・・という意味があるともいわれます。
皆さまは、この一年をどのようにお過ごしになったことでしょうか。
佛母寺では毎年、大晦日の夜から参詣の列ができ、新年を迎える瞬間に、住職の一打によって「除夜の鐘」が撞かれます。
「除夜の鐘」を大晦日に撞く習わしは室町時代以降とされますが、鐘の響きについては、お大師さまのお言葉が『性霊集』に残されています。
一たび鐘を打たむ声ごとに、当に願わくば衆生三界の苦を脱れて
菩提を得見せしむべし 『性霊集』第九
訳:一たび打つ鐘の響きごとに、それは人々が三界の苦をのがれ、安楽な境界を得ることを歌うものです。
高野山には、お大師さまが鋳造を発願され、次代の真然大徳の代にようやく完成したと伝えられる「大塔の鐘」があります。
日本で四番目に大きな鐘であったことから、「高野四郎」と呼ばれてきました。
都会では、鐘の音を騒音として受け取られ、立派な鐘楼堂がありながら鐘を撞けない寺院もあると聞きます。
煩悩は六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)から起こり、さらに二乗して三十六となり、これが過去・現在・未来の三世に及ぶため百八になる・・・とも申します。
除夜の鐘に耳を澄ませながら、
「煩悩にまみれた一年だったけれど、こうして一年を過ごせたことは何より有り難い。
さあ、新しい年こそ、また励もう」
そのように、感謝と意欲の声として『除夜の鐘』を受け取れる「私」でありますように。
今年も一年、当ホームページをご覧いただき、誠にありがとうございました。
大晦日・新年、そして一月二日のだるま市にて、佛母寺で皆さまをお待ちしております。
どうぞお気をつけてお参りください。 合掌
