「 6月のお言葉 」
『雨足多しといえども、
並びにこれ一水なり』
弘法大師『吽字義』
6月に入りましたが、すでに夏の様相を呈しています。
逆に冷夏や、はたまた豪雨、いずれも私たち人間の予想を超えたり、思いもよらぬ量になると「百年に一度」「経験したことがない」とおそれるばかりです。
「雨足多しといえども、並びにこれ一水なり」
これは弘法大師空海さまのお言葉であります。
空から降る雨には、激しく降る雨もあれば、霧雨のように静かな雨もあります。降り方はさまざまでも、元をたどれば、いずれも同じ一つの水なのです。
私たちは日々、人との違いに目を向けがちです。
年齢や性別、職業や立場、考え方や能力の違いは、まるで異なる雨足(降り方)のようです。
けれども仏教では、その奥にある本質は皆同じであると説かれます。
誰もが本質的には仏と同じであり、仏性を具えています。
仏さまのいのちをいただき、仏の本質をそなえた尊い存在であります。
表面的な違いにとらわれず、その根底に流れる「一水」を見つめることが大切です。
六月三日は、昨年ご逝去された長嶋茂雄さんの一周忌にあたります。
長嶋さんは華やかな活躍で多くの人々を魅了されましたが、その陰には、たゆまぬ努力があったと伝えられています。
野球はチームスポーツですが、チームに貢献するためには、一人ひとりが自らを磨くことが欠かせません。自分の技術を高め、自分の役割を果たす努力が、やがてチーム全体の力となってあらわれます。
これは私たちの日常にも通じることですね。
家庭でも、地域でも、職場でも、それぞれが自分にできることを誠実に尽くすことによって、全体が支えられていきます。
雨粒は一つひとつ異なって見えても、その本質は同じ水であります。
私たちもまた、それぞれ異なる個性や役割を持ちながら、同じ仏性を秘め、仏さまのいのちによって結ばれているのです。
表の違いにとらわれることなく、その奥にある「一水」を大切にし、自らを磨きながら、周りの人々とともに生きる喜びを分かち合ってまいりましょう。
風雨の中、他者を守るお仕事に尽力される方々が無事でありますよう、そして皆様のご無事をお祈り申し上げます。 合掌
