「 3月のお言葉 」
『 医王の目には 途に触れて 皆 薬なり。
解宝の人は 鉱石を宝と見る 』弘法大師 空海『性霊集 巻八』
意味:優れた医者の目には、道端の雑草の中に薬草を見いだし、宝石の専門家には色々な石ころ、鉱石の中から宝石を見つけることができます。
三月となりました。
関東では梅も咲き、桜の芽もふくらみ始めています。
世界的に見れば、三月が卒業や節目となる国は多くはありませんが、日本ではまさに一区切りの季節。心機一転には、ふさわしい時節と感じます。
先日、脳科学者の中野信子さんの講演を拝聴する機会がありました。
その中で、「運のいい人、得をする人は“拾える目と手”を持つ人である」とお話しくださいました。
「運やチャンスは、誰にでも平等に降り注いでいる。
それに気づく“目”を持ち、それをつかみ取る“手”を動かす人が、運を活かすことができる」と。
医王の目には 途に触れて 皆 薬なり。
解宝の人は 鉱石を宝と見る。
すぐれた医師は、患者の病の本質を見極め、その人にふさわしい薬を処方します。
よく学び、よく研鑽を積んだ専門家は、泥の中からでさえ価値ある宝を見いだすことができるでしょう。
中野さんは、「拾える目」とは、ささいな変化や機会に気づく観察力や情報収集力であり、「拾える手」とは、チャンスに出会ったときに、ためらわず行動する力だと語られました。
さらに、「自分は運がいい」と思うことで、脳は幸運を探しやすくなり、
「ありがとう」と口にすることで、脳に良いフィードバックが生まれ、人間関係も円滑になり、ますます運が巡ってくる、と続けられました。
「私ばかり損をしている」
「この世に神も仏もない」
そう嘆く声を耳にすることもあります。
しかし、大日如来さまの光は、誰一人を分け隔てることなく、等しく照らしています。
仏の功徳と慈悲は、常に私たちの上に降り注いでいるのです。
朝、目覚めたときに
「今日も生きている。ありがたい」と思うこと。
新しいことに心を開き、五感と第六感を総動員して学ぶこと。
「これだ」と思ったら、一歩踏み出すこと。
そして何より、「おかげさま」と感謝を忘れないこと。
受験、卒業、入社。
悲喜こもごもの三月でしょう。
しかし、どの道もまた、仏縁の道。
どの出来事もまた、仏のはたらきの中にあります。
芽吹きの季節とともに、どうぞご自身の内に具わる宝を信じ、新たな一歩を踏み出してください。
遍照の光のもとに、皆さまの前途が開かれますことを祈念申し上げます。
合掌
