「 2月のお言葉 」
『眼明なるときは、則ち途に觸れて 皆 宝なり』
弘法大師 空海『性霊集 巻八』
2月3日は節分です。節分とは、本来、四季の移り変わる節目のことをいい、立春・立夏・立秋・立冬の前日のことを指します。
冬から春に移る立春は、旧暦では正月節にあたりますので、一年の始まりとして特に重んじられてきました。
佛母寺でも近くの保育園児が大きな声で「福は内、鬼は外」と元気いっぱいに豆まきをしてくれます。
節分は「追儺(ついな)」とも言われ、炒った大豆を鬼(邪気)にぶつけて魔滅(まめ)とし、福を呼び込みます。
それでは豆をぶつける「鬼」とは誰でしょう?季節の変わり目は、とかく邪気が生じるといわれていますので、陰の気を払う意味もあるでしょう。
しかし、自分の心の中に居る「鬼」に
「出て来るのではないよ!本来、我は仏さまと同じ心を持っているのだからね!」と戒めることも大切です。
心暗きときは、即ち遇う所 悉く禍なり
眼明なるときは、則ち途に觸れて 皆 宝なり
『弘法大師 空海『性霊集 巻八』
大意
心が荒んで沈んでいるときは、起こる出来事の全てが災いに思えてしまいます。
一方で、自分の心が、心の眼が穏やかで澄んでいるときは、全てが宝物に見えるものです。
人生、いつもいつも明るく前向きで居られることは難しいことです。
けれども、私が落ち込んでいても、喜んでいても、世の中で起こっている事は変わりません。
私が左右されているのは、外部が原因ではなく、自分の内面、すなわち心の中なのです。
物事はただ、起きているだけです。
それを私が勝手に解釈して喜んだり悲しんだり一喜一憂しているだけなのです。
自分の心のあり方によって世界は変わります。
佛母寺では、この節分に星供(星供養)が執行されます。
星供ではその年の星を祀り、檀信徒の皆様の除災招福を祈ります。
身体の健康、心の栄養、「今」を大切に、この一年も生きてまいりましょう!
合 掌
