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平成二十九年の新春を迎え、ご多幸を心からお祈り申し上げます

佛母寺

更新日:2017/01/04 1:34

明けましておめでとうございます

 戦後七十一年の昨年は米国オバマ大統領が広島を訪れ、年末には安倍総理大臣が
ハワイの真珠湾を訪れ慰霊しました。
戦後生まれの私は、戦争を経験していませんが、祖父母や父母からいろいろな話を聞いて育ちました。その中で、群馬県桐生市で寺の住職であった大叔父から聞いた話をご紹介します。
大叔父は、お釈迦さまと御縁の深い地、スリランカを度々訪問していました。
彼の国がいかに美しく、仏教を篤く敬っているかを、美味しいセイロン紅茶をすすめながら話してくれたものです。
ではいったい何をしにスリランカに行っていたかといえば、スリランカの子どもたちの為にたくさんの学校を建てていたのです。
当時は、まだまだ日本も大変な時代でしたから、「日本人でも困っている人がいるのに、何で外国の人を助けるの?」と生意気にも尋ねました。
すると大叔父は「それはね。スリランカが日本を救ってくれた大恩人の国だからだよ」と答えたのです。
そして戦後の日本の行方を決めたサンフランシスコ講和会議の話をしてくれました。

講和会議で各国が日本への賠償金や日本を4分割して取り合う話をしていた時に、静かにしかし威厳をもって、当時まだ四十四歳の若き政治家だったJR・ジャヤワルダナ氏(後にスリランカ初代大統領)は登壇しました。
日本軍に被害を受けた国の代表でありながら、同じ仏教国である日本を擁護する演説を続け、「私たちの国は日本に対する賠償請求を放棄します」という言葉に会場はうち静まり、演説が終わると万雷の拍手が沸き起こったのです。
彼のこの演説が、講和会議の流れを変え、日本の国際社会復帰を大きく後押しし、日本が日本であり続けることができたのだと。

「だから叔父さんはね、たとえ一人になっても、日本を救ってくれたスリランカに恩返しをし続けるんだよ。」と穏やかにそしてキッパリと幼い私に伝えたのです。

そのJR・ジャヤワルダナさんが各国の首脳を前に話したのが、お釈迦さまの言葉であるダンマパダ(法句経)の
「Hatred ceases not by hatred but by love (人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる。人は憎しみによっては憎しみを越えられない)でした。
今から六十六年前のことです。

その大叔父も、遺志を継いだ子息も亡くなりましたが、孫である又従兄弟が僧侶となるための修行を春から始めると報せがありました。

少し長くなりましたが、忘れてはいけないこと、語り継ぐべきことを大切な人とお話できる年の初めとなれば幸甚です。

本年が実りあるものでありますよう心よりお祈り申し上げます。    合掌

平成二十九年 元旦       龍蓋山佛母寺 住職 中島隆信