今月のお言葉 

  5月のお言葉

(

 

『貴物 とうともの』

解説

 五月に入り、青空に泳ぐ鯉のぼりの様子が各地で伝えられています。
子どもの健やかな成長を願って、親御さん、大人たちが揚げてくれているのでしょう。

宗祖弘法大師・空海さまは、幼名を「真魚まお」さまとおっしゃいます。
幼少より賢く、神仏への信仰篤いお子さんでした。その真魚さまのことを、ご両親である
父の佐伯直田公(さえきのあたいたぎみ)、母の玉依御前(たまよりごぜん)は
『貴物とうともの』とお呼びになられたそうです。

「あら、自分の子どもを貴いって呼ぶなんて・・・」と思われますか?

ここに真言密教が、仏教の中でも特にはっきりと「人間はことごとく仏性を有す」と考えていることをご紹介します。

弘法大師・お大師さまの御著書に『吽字義(うんじぎ)』というものがあり、その中で次のように書かれています。

「太陽や月や星はいつでも大虚空にある。が、虚空の模様には雲のかかった時もあれば、霧のかかったときもあって、我々からは太陽や月や星をうかがうことはできぬときがある。
そのときに太陽がない、月がないと考えるのはよほど愚かな人間である。
雲や霧で見えなくとも、虚空にはちゃんと太陽や月や星はある。
それと同様に、仏性というものもいつでも誰にもあるのだけれども、ただ煩悩のために
それが見えないことがある。」
(田中千秋訳)
と弘法大師は仏性と煩悩との関係を説いていらっしゃいます。

なら、仏性である光を覆い隠している雲のような煩悩を、払うこと、取り除くことに尽力すれば良いのか?
欲や煩悩はなかなか取り除くことはできません。

ではどうすればよいのでしょうか・・・

雲をうらめしげに仰ぎ見て、月が見えない見えないと騒ぐのではなく、
「月こそが輝く私、本来の仏性である」と座る位置を変える。立場を変えることが大切です。
月に坐るのです。

五月の子どもの日、小さくても幼くても、同じ仏性をもつ仏さまです。
ましてや同じ仏さま同士が憎み、争い、殺しあうことなど無きよう、どなたも誰もが『貴物とうともの』であると、大切にすることこそ仏の自覚です。

良い季節ですね。爽やかな風に吹かれながら、本来の自分に磨きをかけてみましょう。 合掌

 

 

 

 

)