「 7月のお言葉 」
『御する人なければ 遠きに致すこと能わず
柁の師なければ 深きを越ゆること能わず』
弘法大師・空海『性霊集』第十
連日、早朝や深夜にもかかわらず、サッカーワールドカップの試合を応援された方も多かったことでしょう。
日本代表「SAMURAI BLUE(サムライブルー)」の健闘に「よく頑張った」と大きな拍手を送りながらも、世界の壁、そして選手たちが口にする「最高の景色」へと至る道は、なんと高く、遠いものかと感じました。
ところで、この「道」という字には興味深い由来があります。
漢字が生まれた中国では、異国の地には呪術がかけられており、その土地へ踏み入ると災いを受けると信じられていました。そのため、邪霊に取り憑かれないよう、異国人の首を持って進み、邪霊を祓い清めながら歩いたといわれます。
この「祓い清めながら歩く」ことを「導(みちびく)」といい、祓い清められて安心して進めるところを「道(みち)」としたと、『常用字解』(平凡社)などに記されています。
では、その「道」を歩むためには何が必要なのでしょうか。
お大師さまは、次のように教えておられます。
御する人なければ 遠きに致すこと能わず
柁の師なければ 深きを越ゆること能わず
「馬を御する人がいなければ遠くへ行くことはできず、船頭がいなければ深い川を渡ることはできない」という意味です。
厳しい勝負の世界に身を置くアスリートにとって、監督やコーチ、先輩方は、まさに「御する人」であり、「柁の師」といえるでしょう。
「SAMURAI BLUE」にとって、これから先、どのような師と出会い、どのような道を歩んでいくのか、期待は尽きません。
しかし、これはスポーツの世界だけの話ではありません。私たちもまた、それぞれの人生という「道」を日々歩んでいます。
良き師や導いてくださる方との出会いは、人生において大きな宝です。しかし、お大師さまはさらに大切なことを教えてくださっています。
「生きとし生けるものすべてに仏性があり、自身の内にはもともと仏が宿っている。」
その仏の存在に気づき、自らを磨き、仏となろうと努め、仏として生きようと心掛けることこそが、尊い人生への歩みではないでしょうか。
いよいよ暑い夏がやってまいります。どうぞ、ご自身というこの世にただ一人のかけがえのない命を大切にするとともに、目の前にいる他者の命もまた、同じように尊びながら日々を歩んでまいりましょう。 合掌
